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2020年度 研究シーズ

高出力な中赤外パルスレーザー発振を可能とする新規可飽和吸収体

核融合科学研究所・助教 上原 日和

研究キーワード

飽和吸収体 , 受動Qスイッチング , 中赤外パルスレーザー , レーザー加工 , ガスセンシング

研究概要

本発明では、中赤外波長域において非線形吸収特性を示す新たな可飽和吸収体、及びそれを用いたレーザー発振器を提供します。可飽和吸収体とは、強度の低い入射光に対して吸収体として働き、強度の高い入射光に対しては吸収体としての能力が飽和し透明体として働く物質のことです。可飽和吸収体を固体レーザー共振器中に導入することで、受動Qスイッチや受動モードロッカーとして動作し、高いピーク出力を有する短パルスレーザーが発振します。可飽和吸収体を用いた近赤外波長短パルスレーザーは近年広く普及していますが、一方で、中赤外波長レーザーに適用可能な可飽和吸収体はFe:ZnSe、GaAs系半導体、グラフェン、カーボンナノチューブ等に限られています。最近、波長3μm近傍で発振するエルビウム系固体レーザーが盛んに研究されるようになり、高ピーク出力化のための可飽和吸収体に対する要求が高まっています。
本発明では、波長2.5~3.2μmにおいて優れた非線形吸収特性を示す新たな可飽和吸収体であるジスプロシウム添加透明材料を提案しています。実施例として、ジスプロシウム添加フッ化カルシウム透明セラミックスを作製し、3μm波長帯における非線形吸収特性を調査しました。その結果、比較的低い飽和強度で、大きな変調深さを有する非線形吸収が確認され、中赤外可飽和吸収体として利用可能であることを見出しました。さらに、ジスプロシウム添加フッ化カルシウム可飽和吸収体を用いてEr:YAlO3レーザーの受動Qスイッチングを試み、波長2.9μmにおけるナノ秒パルス動作を実証しました。
本発明で提案するジスプロシウム添加材料の優位点として、飽和強度が比較的低く変調度が高いこと、添加濃度の調整によって変調深さが精度よく制御可能であること、吸収極大波長がエルビウム系固体レーザーの発振波長とよい一致を示すことなどが挙げられます。また、グラフェンに代表される波長に無依存な可飽和吸収体と異なり、波長0.97μmの励起光を吸収しないことも大きな利点であり、これにより従来にないコンパクトかつ高ピーク出力なレーザー発振器の構築が可能です。

想定される応用先・連携先

中赤外波長域には多くの分子の共鳴線が存在します。これを利用した中赤外レーザーの応用範囲は、分子構造解析や同位体計測、分光測定といった学術分野にとどまらず、レーザー加工やガスセンシングに挙げられる産業応用、呼気診断や血液検査、歯科治療、手術用メス等の医療分野など多岐にわたっています。そのほかにも、爆発物や可燃性・毒性ガスの遠隔検出などの社会的に極めて重要性の高い応用用途が存在します。そのため、近年では、中赤外波長コヒーレント光源に対する需要が爆発的に高まっており、既存光源の希少な新波長帯レーザーの開発やその小型化・高効率化は重要な課題です。特に、波長3μm近傍には、OH伸縮振動モードに起因する強い吸収バンドが存在するため、この波長のレーザーを用いることで、水分を含有した生体組織やガラス材料、OH基を有する樹脂材料などに対して強い相互作用が誘起され、高品位なレーザー加工が期待できます。
本研究で新たに開発した可飽和吸収体を用いることで、高いピーク出力を有する3μmレーザーの開発が可能になり、レーザー加工分野にブレークスルーをもたらすことが期待されます。今後はレーザー加工機メーカー等と連携することで、高スループットな産業用加工光源を世界に先駆けて実現することを目指しています。

アピールポイント

中赤外波長、特に3~4μm域において低光損失かつ優れた変調特性を有する可飽和吸収体は希少です。従来の吸収体の問題点として、可視・近赤外波長域における光吸収が大きいことが挙げられます。一般的に、パルスレーザー発振器において、可飽和吸収体の励起光吸収は性能低下の要因となります。
本発明で提案するジスプロシウム添加材料の優位点として、飽和強度が比較的低く変調度が高いこと、添加濃度の調整によって変調深さが精度よく制御可能であること、吸収極大波長がエルビウム系固体レーザーの発振波長とよい一致を示すことなどが挙げられます。また、励起光(エルビウム系中赤外レーザーの場合は0.97μm)を吸収しないことも大きな利点であり、これにより直線型で長さの短いレーザー共振器の構成が可能になり、従来にないコンパクトかつ高ピーク出力なパルスレーザーの開発が期待されます。Dy:CaF2は、特に、波長2.5~3.2μmに渡って連続的に大きな吸収断面積を有しており、Er:YAGレーザー、Er:ZBLANレーザーに代表される全てのエルビウム系レーザー、並びにCr:ZnSeレーザー等の様々な3μm帯レーザー発振器に適用可能です。

論文情報

  • ‌Hiyori Uehara, Weichao Yao, Akio Ikesue, Hiroyuki Noto, Hengjun Chen, Yoshimitsu Hishinuma, Takeo Muroga, and Ryo Yasuhara, “Dy-doped CaF2 ceramics as a functional medium in broadband mid-infrared spectral region,” OSA Continuum 3 (2020), accepted.
  • ‌Hiyori Uehara, Daisuke Konishi, Kenji Goya, Ryo Sahara, Masanao Murakami, and Shigeki Tokita, “Power scalable 30-W mid-infrared fluoride fiber amplifier,” Optics Letters 44, 4777-4780 (2019).
  • ‌Hiyori Uehara, Shigeki Tokita, Junji Kawanaka, Daisuke Konishi, Masanao Murakami, Seiji Shimizu and Ryo Yasuhara, “Optimization of laser emission at 2.8 μm by Er:Lu2O3 ceramics,” Optics Express 26, 3497-3507 (2018).

関連する特許出願番号・特許番号

出願番号:特願2020-058899
発明の名称:可飽和吸収体およびレーザ発振器

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