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2024年度 研究シーズ

昆虫TRPチャネルを標的とする新規害虫防除法の開発

生理学研究所・准教授 曽我部 隆彰

研究キーワード

害虫防除 , 昆虫忌避剤 , TRPチャネル , 侵害刺激 , 忌避行動

研究概要

農業害虫による農作物への被害や、感染症を媒介する蚊などの衛生害虫による健康被害は世界規模で年々深刻化しています。害虫防除で主要に用いられてきた農薬などの殺虫剤は、環境や生態系へのリスクが高いことから世界的に利用を制限する動きが出ており、代替法が求められています。もう一つの化学的防除としての忌避剤は、昆虫の忌避(逃避)行動のメカニズムに関する知見が最近まで不足していたことから開発が遅れており、選択肢が非常に少なく新たな忌避剤の需要が高まっています。
私たちは様々な侵害刺激のセンサーとして働くTRPチャネルに注目し、その活性化物質が昆虫忌避剤として利用できることを見出しました。TRPA1チャネルは昆虫において高温やワサビなどの香辛料の成分を感知して逃避するための侵害刺激センサーとして知られています。そこでマウスのTRPA1刺激剤として知られる2メチルチアゾリン(2MT)という揮発性の物質についてモデル生物であるキイロショウジョウバエを用いて検証し、2MTに強い忌避作用があることを発見しました(図1)。さらに変異体や遺伝子の発現抑制実験を行うことで、ハエは2MTを(1)高濃度ではTRPA1を介して苦味や侵害刺激として感知していること、(2)低濃度ではTRPA1とは別の嗅覚センサー分子を介して刺激臭として感知していることが分かりました(図2)。さらに、2MTがハエのTRPA1を直接刺激して活性化することを明らかにし、その活性化に必要なアミノ酸を特定しました。
私たちは上記以外にもTRPチャネルを活性化する、あるいはその活性を増強する新たな成分の探索や、TRPチャネルに依存した生理的応答解析とその人為的制御に取り組んでおり、環境刺激センサーTRPチャネルを標的とした害虫防除法の開発を進めています。

図1:ハエ成虫を用いて検証した2MTの忌避効果 ハエに2種類の餌を選ばせたところ、2MTが含まれた餌(左上と右下)からの明らかな逃避行動が見られた。
図2:忌避成分2MTの濃度に依存した作用メカニズム

想定される応用先・連携先

衛生害虫防除による感染症のリスク回避、農業害虫防除による農作物の保護、不快害虫の排除による生活環境の改善などを目指す新規害虫防除法の開発への応用を想定しています。これらに取り組んでいる化学メーカーや農薬企業との連携を歓迎いたします。

アピールポイント

本研究では、構造や機能が進化的に広く保存されたTRPチャネルを昆虫忌避剤の標的分子として着目しています。従来の昆虫忌避剤開発は膨大な数の化合物の中から忌避作用を持つものを、昆虫生体を用いてスクリーニングするという手間がありましたが、TRPチャネルへの活性作用の評価はより効率的に行うことができます。また、主要な忌避成分であるDEETは様々な面で利用制限があるのに対し、既知のTRPチャネルの活性化物質はバリエーションが豊富でハーブやスパイスなど天然成分も多く、組み合わせて活性を増強することも可能です。さらにTRPチャネルは侵害刺激のセンサーとして機能するものが多く、多様な生理機能の制御にも関わることから、忌避剤としてだけでなく成長を阻害するなど殺虫剤としてのポテンシャルも有しています。私たちが見つけた2MTは、食品添加物に利用されるなど人に対して健康リスクが低い一方で、作用するアミノ酸配列が幅広い害虫のTRPA1チャネルに保存されていることから、TRPA1チャネルの刺激剤は汎用性の高い忌避剤として機能する可能性があります。今後、TRPチャネルを標的とする刺激剤のレパートリーを増やしていくことで環境負荷の低い害虫防除法の選択肢の増加が期待できます。

論文情報

Avoidance of thiazoline compound depends on multiple sensory pathways mediated by TrpA1 and ORs in Drosophila
Shoma Sato, Aliyu Mudassir Magaji, Makoto Tominaga, Takaaki Sokabe
Frontiers in Molecular Neuroscience, 16:1249715, 2023.
DOI [10.3389/fnmol.2023.1249715]

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