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2024年度 研究シーズ

物質科学・生命科学に 新たなイメージング手法:円二色性顕微鏡

分子科学研究所・教授 岡本 裕巳

研究キーワード

円二色性 , 顕微イメージング , キラル , ナノ・マイクロ物質

研究概要

ある物質(分子やナノ物質など)の構造が、その鏡写しの構造とぴったりと重ならないとき、その構造はキラルであると言います。キラルな物質は、右回り円偏光に対する光吸収の強さと、左回り円偏光に対する光吸収の強さが一般に異なるという特性があります。円二色性(円偏光二色性)は、右回りと左回りの円偏光に対する光吸収の差を測定することで、キラルな物質を検出する実験手法です。分子やナノ物質を扱う化学や物理学では、キラルな物質を検出・同定する方法として広く用いられ、またタンパク質、核酸、糖をはじめ、生命を作る殆どの分子はキラルであるため、生命を分子レベルで研究する際にも重要な方法となっています。しかし円二色性は一般に信号が弱く、高感度で検出するために特別な偏光変調の方法が用いられます。この偏光変調の方法の特性のため、異方性のある、不均一な物質で円二色性を測定することが困難で、円二色性を用いた顕微イメージングはほとんど報告例がなく、市販の装置もありません。私達は、この困難を原理的には解決できる新しい方法を考案し、高精度で円二色性顕微イメージングを実現する装置を開発しました。これは広い範囲のナノ・マイクロ物質のキラル特性を研究する新たな方法を提供し、タンパク質などのキラル物質のイメージングを通じて生命科学や医療分野への様々な応用への展開も期待されます。現在測定可能なのは可視域から近赤外域の波長域となっており、今後これを紫外域にも拡張していくことを考えています。円二色性信号の感度は2 mdeg程度で、数分で1枚の画像が得られますが、これも更に高感度化・高速化が可能と考えています。観察例として、図1に人工的にガラス基板上に作成した風車型金ナノ構造試料、図2にキラルな金属有機構造体(MOF)微結晶、図3にタマネギの根の染色試料の円二色性イメージを、通常の透過顕微鏡像と比較して示します。

図1: ガラス基板上の風車型金ナノ構造。(a) 走査電子顕微鏡像、(b) 透過光学顕微鏡像、(c) 円二色性顕微鏡像。
図2:キラルな金属有機構造体(MOF)微結晶。透過光学顕微鏡像(左)と円二色性顕微鏡像(右)。D型(上)とL型(下)は、互いに分子構造が鏡像の関係で、円二色性信号も逆符号になっている。
図3: タマネギの根の染色試料。中央の細胞で細胞分裂が起こっている。(a) 透過光学顕微鏡像、(b) 円二色性顕微鏡像(波長550 nm)、(c) 円二色性顕微鏡像(波長600 nm)。染色体部分で、特徴的な円二色性信号が現れている。

想定される応用先・連携先

現在、円二色性顕微鏡は市販品がなく、そのため利用研究もほとんどない状況ですが、キラルな物質を扱う理工学や生命科学、医療などの広い範囲で応用の可能性があると考えられ、装置があれば広く用いられうると考えられます。汎用性、性能、使いやすさを向上させ、光学機器として市販に耐える装置を開発する研究機関や企業との連携、また更に医療診断機器などへの展開をも視野に入れた連携研究も模索したいと考えています。

アピールポイント

円二色性は一般に信号が弱く、異方性のある不均一な物質で円二色性を測定することが困難です。そのため、円二色性を用いた顕微イメージング装置は、その可能性の高さにも関わらず、市販されていません。私達の技術は、この困難を解決し、高精度で円二色性顕微イメージングを実現しています。現時点で世界でも最高精度の円二色性顕微イメージングが可能となっていると思われます。


論文情報

Tetsuya Narushima, Hiromi Okamoto, "Circular Dichroism Microscopy Free from Commingling Linear Dichroism via Discretely Modulated Circular Polarization," Sci. Rep. 6, 35731 (2016). doi: 10.1038/srep35731

 Teppei Yamada, Toshiki Eguchi, Taro Wakiyama, Tetsuya Narushima, Hiromi Okamoto, Nobuo Kimizuka, "Synthesis of Chiral Labtb and Visualization of Its Enantiomer Excess by Induced Circular Dichroism Imaging," Chem. Eur. J. 25 (27), 6698 (2019). doi: 10.1002/chem.201900329

Piotr Szustakiewicz, Natalia Kołsut, Dorota Grzelak, Tetsuya Narushima, Monika Góra, Maciej Bagiński, Damian Pociecha, Hiromi Okamoto, Luis M. Liz-Marzán, Wiktor Lewandowski, "Supramolecular chirality synchronization in thin films of plasmonic nanocomposites," ACS Nano. 14 (10), 12918 (2020). doi: 10.1021/acsnano.0c03964

R. Nakajima, D. Hirobe, G. Kawaguchi, Y. Nabei, T. Sato, T. Narushima, H. Okamoto, H. M. Yamamoto, "Giant spin polarization and a pair of antiparallel spins in a chiral superconductor," Nature 613, 479 (2023). doi: 10.1038/s41586-022-05589-x

    関連する特許出願番号・特許番号

    特許番号 :特許第6784396号
    発明の名称:円偏光照射器、分析装置及び顕微鏡

    出願番号 :特願2021-029181号
    発明の名称:円偏光照射器、分析装置及び顕微鏡

    出願番号 :PCT/JP2022/005014
    発明の名称:円偏光照射器、分析装置及び顕微鏡

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